主任から課長に上がったとき、給料は月3万円上がりました。総支給で、です。正直うれしくて、何に使おうかと考えたりもしました。
でも、今ならはっきり言えます。あの3万円は、やりがい搾取の入口でした。仕事も残業も増え、気づけば「会社にとって都合よく働く人」になっていただけでした。
私はニッチな業界で、法人営業をしていました。疲れ切った末に、家族との時間のために転職しました。この記事では、やりがい搾取が自分の身に起きていたことにどう気づき、どう抜け出したかを、数字も交えて書きます。
やりがい搾取とは
やりがい搾取とは、仕事への責任感や「期待に応えたい」という気持ちにつけこんで、見合わない給料や長時間労働を受け入れさせることです。教育社会学者の本田由紀さんが広めた言葉として知られています。
何が問題かといえば、本来払われるべきものが払われないまま、時間と心がすり減っていくことです。そして、起きている最中の本人は、たいてい気づけません。私もそうでした。
月3万円の昇給で、私が引き受けたもの
昇給と引き換えに増えたのは、仕事と時間でした。
給料は最初から「残業代込み」という扱いで、残業代という項目自体がなかったように思います。それでも当時は、これが当たり前だと思い込んでいました。
時給にすると、4分の1が消えていた
あとから時給に直してみて、ぞっとしました。計算しやすいように、年収を500万円とします(実際は500万円台前半でした)。
| 計算の仕方 | 働いた時間(月) | 時給 |
|---|---|---|
| 定時だけで割る | 160時間 | 約2,600円 |
| 残業と休日出勤も入れる | 約210時間 | 約2,000円 |
定時は1日8時間・月20日、休日出勤は月1.5日・1日8時間として計算しています。実際に働いた時間で割ると、時給は4分の1ほど目減りしていました。
月3万円の昇給も、税金と社会保険料を引くと、手取りは2万円ほどです。そもそも3万円は、この時給で月15時間ほどの労働にすぎません。昇進で残業が1日45分増えれば、時給で見た昇給は消えてしまいます。
自分の数字で確かめたいときは、実質時給の計算を使ってみてください。
「その3万円に見合う価値があったのか」。振り返って出た答えは、会社にとって都合よく働く人になっただけ、でした。
「期待してるよ」は、命令の言い換えだった
ダメな上司ほど、部下に「なんとかしてほしい」と期待します。そして、真面目でやる気のある人ほど、その期待に応えようとしてしまいます。
私のいた会社もそうでした。上の人たちはダメ出しをするのが仕事のようで、トラブルが起きると姿を消し、責任は下に押し付けます。部下には「会社をどうしたらいいか提案しろ」と言うのに、効率化の提案は通りませんでした。
会議も同じでした。上司から出るのは「ほかにどうしたらいいか、アイデアを出せ」という話ばかりで、みんな当たり障りのない提案でやり過ごしていました。
やる気を出して提案しても、返ってくるのは「じゃあ、自分でやれ」です。手伝いも具体的な助言もなく、お金がかかる案なら「やるな」で終わりでした。費用対効果で考えるという発想が、上になかったのだと思います。
時間外に会議が入るのも、定時に帰ろうとすると「先に帰るのか」という空気になるのも、日常でした。
その一方で、社長は会社名義の高級車を次々と乗り換えていました。それ自体は経営の判断かもしれません。ただ、従業員の私には何の還元もなく、聞こえてくるのは「もっとやれ」「なぜ間違えるんだ」ばかりで、私は少しずつ冷めていきました。
期待に応えることが問題なのは、応えるほど、上司があなたの頑張りに寄りかかる形になるからです。あなたが頑張るほど得をするのは、何もせずに人任せにして、本質的な仕事をしていない上司のほうです。
そして、そんな上司を甘やかしているのは、実は真面目に頑張っている自分自身です。私はこの矛盾に、長いあいだ気づけませんでした。
真面目な人ほど、気づいたあとに燃え尽きる
おかしいと気づいても、真面目な人ほど「じゃあ、自分がもっと頑張ろう」と考えてしまいます。その場で頑張り続けて、最後に燃え尽きる。私自身がそうでした。
経理の仕事を引き受けたときが、まさにそうでした。経理担当の事務員さんが、ある日突然、会社に来られなくなったのです。「これはまずい」という危機感と責任感に加えて、「自分ならできる」という過信もあって、私が引き受けました。
自分がやれば、やる気のない周りの人たちも上司も、何か変わってくれるのではないか。そう信じていましたが、何も変わりませんでした。結局、私が疲れ果てただけでした。
部下が適当になるほど、頑張る人に負担が集まります。毎日がその対応で埋まり、落ち着いて考える時間がなくなります。転職を考える余裕もありませんでした。
「自分がいなければ回らない」という自負も、現実を見えなくしていました。家では、帰りが遅くなる理由を妻に言い訳する日が続きました。
ストレスは、先に体に出た
経理の仕事まで何でも引き受けるようになってから、白髪が一気に増えました。変な湿疹が出たり、ニキビが大量にできたりもしました。
夜中に「あれをやっていないんじゃないか」「これを忘れていた」とふと思い浮かんで、目が覚めることもありました。よく眠れないので、日中も集中できない日が多くなりました。
日曜日でさえ、月曜にやらなければいけないことが頭に浮かんできて、まったく休めませんでした。心が休まらず、ストレスが体に出ていたのだと思います。
「もう限界だ」と自覚したのは、ある朝のことです。結局よく眠れないまま朝になり、5時ごろ、そっと寝室を出ました。家族のいないリビングで、何もしていないのに、涙がぽろぽろとこぼれてきました。
小一時間、その状態が続きました。そこでようやく、「ああ、自分はもう限界なんだな」と気づきました。
燃え尽きたあと、動けなくなった
何をやっても搾取されるだけだと気づいても、「頑張らなければ」という気持ちは消えませんでした。一方で、この会社で頑張り続けたら、いつか心が壊れてしまうのではないかという不安もありました。その2つが頭の中を巡って、何も手につかなくなることがありました。
そこから抜け出そうと、簿記などの資格の勉強に手を出したこともあります。何も手につかない時期と、勉強に打ち込もうとする時期を、行ったり来たりしていました。
今なら、順番が逆だったと思います。資格は、勉強して、受験して、合格するまでに時間がかかります。それより先に、今のままの自分を受け入れてくれる場所がないかを探してみるべきでした。
自分では見えていないだけで、今の自分を求めてくれる場所は、意外とあるものです。
やりがい搾取かどうか、確かめる7つの質問
当てはまるものが多いほど、今の職場はあなたの真面目さに寄りかかっています。
- 昇進や昇給のあと、増えた仕事と時間を時給に直して確かめたことがない
- 辞めた人や休んだ人の仕事が補充されず、あなたに回ってきている
- 「期待している」「君しかいない」と言われると、断れない
- 定時に帰ると気まずく、時間外の会議が当たり前になっている
- 「アイデアを出せ」と言われるのに、提案は通らないか「自分でやれ」で終わる
- 給与明細に残業代の項目がなく、「残業代込み」の中身を知らない
- 転職しても今より悪くなると、確かめないまま思い込んでいる
ひとつでも気になったら、まずは今の時給を計算してみてください。
抜け出すのに必要だったのは、頑張ることではなく環境を変えること
今になって思うのは、上司や社長の能力が、その会社の上限だということです。部下がどれだけ頑張っても、その上限は変えられません。
転職した今だから言えます。もっと早く、さっさと転職すべきでした。
在籍していると、いろいろな不安が頭をよぎります。「転職したら、今みたいに惰性で毎日を過ごせなくなるのではないか」「今より条件の悪い会社のほうが多いのではないか」。
どちらも、根拠のない思い込みでした。実際に登録してみると、そんなことはないとはっきり分かります。
上司の言うことに、すべて従う必要はない
若い頃の私は、上の人の言うことは当然受け入れるものだと思っていました。でも、上司であれ社長であれ、言われたことにすべて従う必要はありません。何でも受け入れる人ほど、相手が意識していてもいなくても、頑張りを吸い上げられてしまいます。
正面から話し合えば分かり合える、という意見もあります。ただ、話し合いで解決する相手は、正直ごく少数だと思います。話して解決する相手なら、とっくに解決しているはずだからです。
大事なのは、相手を変えようとすることではなく、合わない場所からいい意味で逃げることです。
「逃げる」と聞くと、悪いことのように感じるかもしれません。でも転職に関して言えば、逃げることは前向きな選択だと私は考えています。無理をして残り続け、報われない努力を重ねるほうが、よほど後ろ向きです。
このサイトのキャッチコピー「真面目な人ほど、逃げていい。」は、この考えから来ています。
「どこへ行っても同じ」は、行動半径の中だけの話だった
転職する前の私は、「どこへ行っても同じだ」と思っていました。人間関係がうまくいくとは限らないし、嫌な仕事も残業もある。人生はある程度、会社のために犠牲にするものだと。
でもそれは、自分の周りと、自分の行動半径しか見えていなかったからでした。少し外に目を向けると、そうではない職場はたくさんありました。
冷静に考えても、会社によって業績は違いますし、どの会社にもいい人もいれば合わない人もいます。だから、「どこも全部、今と同じ」ということは、まずありません。人間関係が完璧な職場はないとしても、今より条件がよく、今より私生活を大事にできる職場は、探せば見つかると私は思っています。
それでも「無理だ」と思うなら、今の環境に慣れて、自分も周りも見えなくなっているのかもしれません。当時の私が、まさにそうでした。
最初の一歩は、無料で登録して「物差し」を手に入れること
社内にいるうちは、間違っていることでも「普通のこと」に見えてしまいます。その中でいくら考えても、答えは「このまま残る」になりがちです。社内の人に相談しても、同じ結論になりやすいものです。
だから、つらいと感じたら、自分の中だけで答えを出そうとしないことが大事だと思います。
私の場合は、家族のほか、会社とはまったく関係のない昔からの友人や、小学校の同級生に話しました。しばらく会っていなかった友人に今の状況を説明すると、私が当たり前だと思っていたことは、まったく当たり前ではないと言われました。そのとき、ようやく目が覚めた気がします。
社外の相談相手の選び方は、キャリアコーチングの記事にまとめています。
私の場合、いちばんのきっかけは転職サイトでした。本当に疲れ切っていた頃、無料だからと、試しにまとめて登録しました。届く求人やスカウトのメールを眺めるうちに、今いる場所の条件がどれだけ悪く、どれだけ搾取されていたのかが、はっきり見えてきました。
営業職の経歴だったこともあり、いろいろな業界から声がかかりました。ビズリーチでは、有料プランを使わないままでも、企業からの直接のスカウトだけで週に1回ほど届きました。ヘッドハンターからのものを合わせると、もっと多かったです。
使ったときの記録は、ビズリーチの記事にまとめています。
転職エージェントとの面談では、営業以外の仕事まで兼務している人は少なかったようです。「大変な思いをされているのですね」と言われ、「ちょっと働かされすぎですね」と率直に指摘されたこともありました。
登録して、自分の市場価値を知る。たったそれだけのことが、私にとっては大きな変化のきっかけになりました。
いきなり会社を辞める必要はありません。登録や相談なら、今日からでもできます。
私が使ったのは、ビズリーチとリクルートエージェントです。もう1つ、マイナビ転職エージェントにも登録して、担当者に相談しながら求人を紹介してもらいました。
辞めると決めたあと、引き止められたときの進め方は、管理職の辞め方の記事にまとめています。
まとめ
- 月3万円の昇給と引き換えに、時給は4分の1ほど目減りしていた
- 期待に応えるほど、上司がその頑張りに寄りかかる形になっていた
- ストレスは先に体に出た。白髪や湿疹が増え、夜中に目が覚め、日曜も休まらなかった
- 燃え尽きたら、資格より先に、今の自分を受け入れてくれる場所を探す
- 会社によって業績も人も違う。「どこへ行っても同じ」ではない
- 抜け出すのに必要なのは、その場で頑張ることではなく、環境を変えること。逃げるのは前向きな選択
- 最初の一歩は、無料で登録して、今の職場を測る物差しを手に入れること